みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

入院から転院までの詳細[2018.5.27]

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大学病院での最初の朝は、
発熱と分泌物過多でバタバタしたが、
クーリングと吸引である程度収まり、
絶食のままで排尿便もなく、
土曜の日中は力のケア自体はゆっくり目。

私は午後一旦家に戻り、
食事を作りシャワーかかって病院へ。



遡り、金曜からの動き詳細を。(長文ご容赦)

深夜の受診後、感染症病棟に2時過ぎに入室。
昨年末までノロから菌血症の長い入院時滞在した隣の病室に。

3時過ぎから眠ったが、6時過ぎに起きて排便尿あり起床。
ウトウトし始めたが8時過ぎから約1時間で4回続けて血便。
その後は1時間に1、2回の排便あり、全部血性。

量も回数も多いので、急ぎ検査をすることに。

胃ろうからはエアしか引けないことから、
おそらく胃から上ではなく、小腸以下からの出血と考えられる。
通常は内視鏡検査で検査できる範囲のトライをするが、
疑わしき小腸は、癒着等でトライするリスクは非常に高い。
よって、CT血管造影検査をまずはやることになった。

深夜帯と昼前に採血検査し、感染所見はないものの、
どんどん赤血球とヘモグロビンの値が減っている。
造影剤と輸血に関しての同意書を急ぎ書き、準備していると、
昼頃、出血量が多いため検査時間を繰り上げてくれるとのこと。
さらに、もし原因がわかり、緊急的な処置が必要なら、
そのまま手術になる可能性も説明されたため、
もともと早めに帰宅予定の夫にその旨、連絡する。

ちょうどその頃、
娘の所用で職場付近で夫と娘と一緒だったのだが、
後から娘から聞いたところ、
夫、私からの電話で一気にドボン状態で、泣いてもいたらしい。
どんだけ浮き沈むんじゃ?なんもわかってない状態で。。。

14時に造影検査に入った。夫は入室には間に合わず。
鎮静剤使用と聞いていたので、
きっとまた爆睡して出てくるのだろう、またはそのままオペ室か?
との予想に反して、覚醒して検査室から出てきた。
結果、わからない、とのこと。

なら、どうするか、
内科系と外科系で一緒に検討していただくことになった。
私は、一旦家に戻りばたばた家のことを終わらせて戻ると、
病室が外科の先生も含めて満杯に。
私が不在の2時間弱でも結構な血便があり、外科の提案として、

1、可能なら胃ろうから、
胃ろうから無理なら、口鼻からのいわゆる胃カメラで、
胃から十二指腸までの確認、
2、肛門からの大腸内視鏡で大腸までの確認、
3、高リスクだが、開腹して最も疑わしい小腸の確認、

3つを挙げてくれた。

胃ろうからカメラが入るなら、力の負担はほぼ無い。
胃カメラは、管が喉を通る負担はある。
大腸内視鏡は大学病院に転院してやらねばならない。
開腹は、現時点では最後の手段。

夫は胃ろうからのカメラ推しだったが、
胃ろうカメラは厳しいだろうということで、
まずは胃カメラは、との方向。
やっぱり個人的には、小腸以下の部分からに違いないという気がしており、
とりあえず胃カメラ、またはすぐに大腸の検索かなあと意見。
そんな話中に排便。医師たちが便を確認し、再検討します、と退室、
ナースステーションほかで話し合いをしていた。

19時くらいに大腸内視鏡検査のため、大学病院へ搬送が決まった。
あの便の状態から、胃ではなかろう、との見立て。

既に貧血ショック状態のため、まず輸血開始して輸血しながら移動。
救急隊の方に病室に来ていただき、搬送。
私が救急車に同乗し、夫は自家用車で追尾。

22時前に到着し、ERに預けてそのまま力は検査へ。
その後大人は待合室で待ち続ける。心配だが疲労も重い。
日付変わったくらいに医師2人が説明に来てくれた。

結果、大腸から小腸の継ぎ目まで、洗浄しながら二本のカメラで確認したが、
出血箇所は見当たらなかった、とのこと。

院内の集中治療室の次に重篤な人が入るハイケア病棟へ。
入室してしばらくすると覚醒し、分泌物多めだったが、
その後のケアは看護師さんにお任せして、休ませてもらった。
さすがに3時過ぎまでアクティブ状態が2日続き、へばる。

結局はやはり小腸からの出血が大いに疑われるが、
まずは確認すること自体に大きなリスクがあり、
もし確認されても、処置できるのか、不明。

止血剤が効いてきたのか、検査後12時間以上排便なく、
浣腸で出たのは血性ではなさそうで、まずは安心。

さあここからどうするべきなのだろう。。。