みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

卵が先か、鶏が先か

ここ数年、毎年我が国の総理大臣が替わる。
昨年は、政権交替したのに、同じように二人目に交代した。
 
クーデターや戦闘中など、明らかな情勢不安定ではない、
小さくても経済大国と言われている国の首相が、どんどん交代するなんて、
ものすごく変なことで、危機感を持つべき由々しき事態だ。
 
これは、直接的には、政治に携わる人たちの権力闘争や、その他もろもろな理由によるものだろうが、
実は、自分も含めた国民一人一人のせいであることは間違いない。
 
ここ数年、違和感を感じて気持ち悪いのは、
ニュースや新聞等でよく見る、インタビューに答える人たちの話。
ピックアップされたものばかりだとしても、
それぞれ、もれなく、どこかで聞いたような、見たような、単語を使いつつかなり流暢でまともであること。
 
これが、やらせ、であればまだしも、おそらくまぎれもない、一般庶民の方々の、うそのない言葉。
本当にこわい。小さな子どもでさえも同じ傾向。
 
テレビやwebニュース、新聞は、今、7~15文字程度のワンセンテンス、インパクト重視だ。
特に、ネット配信用ニュース見出しは、便利であるのと引きかえに、
多くの人にとって、短時間で、いろんな情報を抑えて理解したような気になる、かなり危ういものだと、思う。

だから、それぞれの会話で、そのワードやセンテンスを組み合わせ、私の考えでは○●で、、、となる。
発した言葉は、都合が悪ければすぐに、これは伝聞であったと、それぞれの中で都合よく変換される。
ブログやツイッターで発信してしまえばweb上に飛び交い、
膨大な人に対して、××て書いてあったよ、とか、××て言ってたよ、
さらに、××て私は思う、として定着し、同じように連鎖していく。
 
 
選挙が近いこともあり、○×支持率など、報道されることが多くなっているが、
この数字って、本当に、真なのだろうか?
また、この調査結果が出ることにより、また同じように、ぐるぐると回っているのではないだろうか。
まさに、卵が先か、鶏が先か、である。
 
 
以前、仕事柄、色彩や流行について、勉強していたことがあったが、
よく聞く「流行色」というのは、なんとなく流行っていくのではなく、
あらかじめ、ある団体が、
20XX年のサマーシーズンのファッションカラーは「ライトイエロー」
と、周知することによって、アパレルやプロダクト業界が、こぞってライトイエローでの商品化を推進し、
市場にたくさん出回ることで、流行し、トレンドとなる。
なーんだ、そーなんだー、と思ったものだが、
ひいてみれば、つまり、今の世の中全てが、そんなからくりの中で回っているんだな。
 
といいながら、自分だってそんなからくりに、踊らされている一人である。
ぶれる、なんて言葉がよく使われるが、人間、誰しも、ぶれっぱなしである。誰も、人のことは言えない。
 
だから、今一度、こんなスパイラルからいったん遠ざかって、
自分にとって、何が核か、軸か、を、考えたい。
私たちには、力、という、生活の中心があるので、そんな思考も、少しは楽だと思う。