みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

「臓器移植法改正案」

昨日、個人的には、麻生内閣が取り扱う、最重要事項と考えている「臓器移植法改正案」が、
衆議院にて、最初のA案過半数で可決された。

今すぐに、直接かかわることではないけれど、
力を授かった私たちの家族にとっても、本当に身近に考えさせられる問題だ。
どうなるだろうか、と数日前から緊張した気分でいたが、
あっけなくA案可決。拍子抜け、という言葉は悪いが、何とも軽く感じたのは、私だけではないはず。

A案は、「脳死は人の死」、「年齢制限撤廃」、「家族の同意で移植可能」
この三本柱で、従来の法律からすると、まさに様変わり、と言えるもの。


食い入るようにニュースを見ている母を見て、娘も、「A案、ってなに~?」
と、興味を持っていた。

最初、子どもにもわかるような説明にも自信がないし、おいそれと話しすことじゃなあ、
と、回避するべく、「うーん、ちょっとねー、難しい話しやもんね~。」と逃げていたが、
寝る前にも、尋ねてきたので、話すことにした。


私たち家族は、力が家族の一員となってからいろいろとあったが、
ありがたいことに、今は少し力の調子も落ち着いているし、
慣れてしまうと、
育児真っ最中の一般家庭と同じく、ばたばたてんやわんやの生活、という感覚である。

でも、明らかに力が来る前と違うのは、私たちが、いる場所が違うんだな、と、感じる瞬間、
それは、知人やお友達が、闘病の末亡くなったとの報を、多く聞く身の上になったこと。

子どもさんが亡くなったなどということは今まで滅多に聞くことがなかった。
聞いても遠い存在であった。しかし、今は、身近な子たちの話である。

私も、娘たちに、そのままを、よく話す。
彼女らも、自分の兄弟が生死かけた経験を知り、顔見知りの子たちの死を知り、
子どもなりに、生と死を、考える頭にはなっている。


母独自色が入るだろうなあ、と思いつつ、説明してみた。
彼女らは、だんだん顔色が変わって、泣きそうになってきた。


「そんなん、法律とかで決めれんやんか。命のこととか。」
「でも、今日本では、日本でできない移植を外国までわざわざ飛行機で行って、
1億円とかをかけて手術すると。それは、日本では、法律で決まってることやから、
どうしようもないとよ。法律が世の中のルールになっとうけん。
そのルールを変えるか、どう変えるか?という話になっとうと。」


もし、家族が、臓器を移植すれば助かるなら、
また、もし家族が脳死と判定されて、すぐに移植を望んでいる人が身近にいたのなら、
と、シビアな問いを投げたら、頭を抱えていた彼女たち。

私は、子どもだからよーわからんやろ、難しいし、と最初に思っていたことを、恥ずかしく思った。
彼女らなりに、彼女らのレベルでも、考えることはできる。

臓器移植法は、特に、問題となる対象は子どもたちのこと。子どもたちが、当事者になるということ。
自分はいいけど、子どもは、、、?と考えるところから、大人の中でこのような議論になる。

家族レベルでも、子どもを、現実的でシビアな命の議論、に入れることは、一つ大事なことだと思った。