みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

バストライとりあえず完!

先週は日々通じて機嫌はほぼよかったのだが、良すぎて夜騒ぎモードの週だった。
睡眠導入水薬連続投入になってしまい、木曜はとうとう朝起きられずに休み。
先々週も一日休養を取った後はまた復活して元気に登校できたので、
これが彼のペースだろうと割り切って休んだのは、結果良かった。
金曜は元気に登校でき、新一年生の体験入学の学習を一緒に楽しむことができたらしい。
お兄さんぽくやさしく握手してくれました、と担任の先生の連絡帳に書いてあって、
その時の顔が想像でき、ほほえましかった。自分より小さい子が大好きな力。

木曜が起きられなかったのは、水曜に頑張りすぎてテンション高くなりすぎたのかもしれない。
というのも、水曜は、とうとう、バス下校の最終目的地までの試乗があったからだ。

力は当初、バスに乗車する条件として、
バス乗車中に分泌物が増えた場合でも、気道を閉塞しないために、スピーチバルブを外し、
気管切開孔を開放した状態で乗ることで、許可が下りていた。
が、昨年10月より、気管切開孔閉鎖のための練習として、
学校内や、通常の生活においては、スピーチバルブ上蓋の弁の部分にテープを貼って閉鎖状態にしている。
鼻風邪をひいた時以外は呼吸状態は問題ないまま、約3ヶ月がたった。

気道内からの分泌物も一気に減り、吸引することがほとんどなくなってきたのだが、
バス乗車の際は、
当初の取り決めから、バス内ではスピーチバルブの上蓋を外して気道開放した状態を継続中。
一日のうち、唯一、このバス下校時だけ気道での呼吸になり、
力もなんとなく違和感がありそうな風だった。

口鼻で呼吸をするより、気管切開孔からの方が(一般的に)楽なので、開けてしまうと気道内からほぼ呼吸。
そうなると、おのずと分泌物は気管切開孔に出てきやすくなってしまう。

気管切開を閉鎖する条件は、分泌物を自力で咳き込んで排出することができること。
なので、気管切開孔に排痰しては今までと同様で閉鎖練習にはならない。
せっかくうまくいっている感じなので、バス乗車中の一旦開放はもったいない気がしてきた。

そこで、担任の先生と看護師さんに、
気管切開孔を日常生活と同様閉鎖したままバス乗車できるかどうかの相談をして、
そのついでといってはなんだが、今降車している場所から、さらに10分程度先に行った、
自宅最寄りのバス停留所まで乗れるよう、併せてトライさせてもらえるように頼んでみた。

担任の先生他、早速調整してくださり、
試乗は担任の先生と管理職の先生(教頭)のみの安全確認で判断、
という、私たちにとっては大変ありがたいトライとなった。

乗る予定の水曜は、午後からどんどん悪天となり、帰宅時間帯は雨も降る寒い時間帯。
条件的にはとてもよくない。
が、力は天気が悪い時よりも、天気が下り坂の時期がよっぽど体調悪いので、
先生方が乗れると判断してもらえれば、きっと大丈夫だろうと思いつつ、
やはり、電話が鳴らないだろうか、と、バスが見えるまでは結構ドキドキしながら待っていた。

バスはほぼ定刻で到着し、力はいつものようにニヤニヤしながら降車。
先生方、元気に楽しそうに乗れてましたよ、と言ってくれて、
後日、乗車許可をしてもらった。当初目的としていたバストライは、今年度中にまずは、完了となった。
いろいろと調整していただいた皆さんに感謝感謝だ。


就学前、療育時期は、バス内で吸引などの医療的ケアがある可能性があれば乗車不可だったし、
確かに、力は今からすればまだまだ不安定だった。
しょうがないなと思いつつ、バスで通園するお友達のことは、いいなあとうらやましく思ったのは正直なところ。

就学前、二つの学校で迷っていた。
少し近くにある学校では、療育時と同じく、医療的ケアがある場合は乗車不可という線引きをされていた。
今通っている学校では、子どもの体調などを勘案して、という話を聞いていた。
ただ、距離はずいぶん遠い。

バスに乗れる可能性があるから今の学校を選んだわけでは決してなく、
総合的に、こちらの学校にお世話になりたいなと思い、
遠くても頑張って12年間送迎しようと覚悟して通学を決めた。

が、ありがたいことに、力がうまく就学後に学校生活に順応し、体調も体力も向上してきた。
学校側も、思っていたよりも柔軟に対応してくださった。
きっと、療育時期にお世話になった方々はびっくりして喜んでくださるだろう。
約1時間もスクールバスに乗って一人で帰ってくる力の姿を見れば。
今までお世話になった、そして、今、お世話になっている皆さんのおかげである。


いろんなご家庭があるので、
何らかの線引きは、必要なのかもしれないなと、確かにたまに思うことはある。
力は、肢体不自由で全介助、しかも医療的ケアが必要なため、
何本も何本も線引きをされてきた立場だと、いつもいつも思い知らされる。
気管切開しているのね、はいできません、と言われるのも、もう慣れてしまった。

でも、このバスのことように、少し時間はかかっても、当人自体をよくみて、
双方納得いくように歩み寄り調整できれば、ルールや線引きなんて無用なのではないか、とも思える。
何を、誰を守るためのことなのか、ということを思い返せばいいだけなのだ。

こうなればいいなあ、の一つだったスクールバス乗車だったが、小学校3年生のうちに目標達成した。
周りの皆さんに恵まれて、力もそれに応えた。
ありがたいことだと感謝したい。

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這えば立て、立てば歩め、と、
はやる親心のことを言いあらわされたりもするが、
一つ一つクリアできたことに感謝しつつ、
また、はやらず、ちょこっとずつ前に進みたいものだと思う。


皆さんのご尽力感謝します。