みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

ちかちゃん

先日の入院時、偶然、「ちかちゃん」が亡くなったことを知った。ほんの2週間前だったそうだ。

ちかちゃんとは、力が外科手術をして、
いつ退院できるかもわからない状態でナースステーションの真横の観察室にいた時に、
偶然同室になった女の子だ。

看護師さんから事前に、今日から同室になる子がいるのでよろしくね、と言われていたので、
重症者や術前術後など、24時間観察が必要な子しか入室できない観察室に、
どんな子が来るのかなあ、と思っていたところ、
ばたばたばた、と、たくさんの医療器具が運び込まれて、
大荷物を持ったお父さんとお母さんの後についてバギーに乗ってやってきたのがちかちゃんだった。

ちかちゃんは入室後にすぐに嘔吐があり、
「吐いた!吸引!吸引!」と、そばにいたお母さん自ら、
ものすごいスピードで吸引して処置をしてしまい、その後はあたかも何事もなかったかのように、
普通に側についているお母さんの姿をみて、なんてすごいお母さんだ、看護師さん以上ではないか、と、衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えている。

まだその頃私は、力の急変や、いろんなエピソードに際しても、
身体は動かず、声も上げられない、という、文字通り手も足も出ない状態であったので、
こんな母ちゃんになれるのか?大丈夫か?と我が身を振り返り不安に思っていたものだ。

数日一緒だったし、お母さんはとても気さくな方だったので、
それから病院で会うたびに、こんな時はどうしたら?といろいろと教えてもらうようになった。

ちかちゃんは、自分で身体を動かすのが難しいため、
自宅での看護歴が10年以上たった今でも、夜3時間ごとに体位移動しなければならない毎日だと聞いた。
他にも専門的な難しい医療行為が必要で、
在宅看護のほとんどを担当しているお母さんの大変さは想像に難くないが、
会うたびいつも、ちかちゃんは素敵な服を着て、髪もきれいに結ってもらっており、
モデル体型のお母さんはお母さんで、おしゃれでしゃきっとしており、
大変でしょう、と言っても、もう慣れたしねー、と笑い飛ばしている姿を見るにつけ、
私も頑張らなきゃ、と思わせてくれる、かっこいいお母さんの一人だった。

訃報を聞いた後、
そういえば、ちかちゃんのお母さんの連絡先も、メールアドレスも、何にも知らないことに気付いた。
お母さんにももう二度と会えないんだ、と、落ち込んでしまっていた。

今回力は感染症病棟に入院していたため、
患者は勿論、付添人も基本的には最低限しか病室を離れられないのだが、
少し力の容体が落ち着いたある日、力がうとうとと眠ってしまったのを見計らって、
お昼ごはんを買いに、階下の売店に走っていった。
その帰り、途中の待合フロアになんと、ちかちゃんのお母さんがいるではないか!
しかも、いつもはほとんどお目にかからないお父さんも一緒に。

ご夫婦で病院にご挨拶に来られていたのだ。

私はもうただ、「聞きました、、、」としか言えなかった。
お母さんは、いつも通り、気さくな顔を向けてくれた。
お父さんは少し、うるうるとしていたような気がする。
まだなんだか本当のことじゃないみたいでよくわからない、と。

直接の原因は、これ、とは断定できないが、おそらく何かの感染だろう、とのことだった。
「力君も感染には絶対に気をつけてね!何か変、と少しでも思ったら、すぐに先生引っ張って来てね!」
と、肩を叩かれた。

ちかちゃんは、亡くなるひと月ほど前から、微妙な脱水気味になっており、
感染に対抗する体力が、ほとんど残ってなかったのではないか、
抗生剤もほとんど効力がなかったから、と。
あの時点が生きる限界だったのではないか、とも、今では思う、と話してくれた。
また、このひと月のことを思い返してみると、
久しく会わなかった人やお世話になった人に偶然会うことが多く、暗示めいていたらしい。

「でもね、彼女が頑張って生きようとしとったけん、私たちも大変でも頑張れた。
力君とこも、そうだと思う。何かわからんことあったら、いつでも聞いてね。
彼女の今までのことが、もしかすると役に立つかもしれん。
そしたら、彼女も、きっと、うれしいと思うけん。」

そう言って、また肩を叩かれた。
ちかちゃんのお父さんお母さんが泣いていないのに泣いたらいかん、と思いつつも、だめだった。


病室に戻ると、力は静かに目を覚ましていた。
二度と会えないだろうと思っていたお母さんたちに会えたこの偶然。
何か不思議な力が働いていたに違いない。
このタイミングは、ちかちゃんと力が、示し合わせて作ってくれたのかもなあ、と、本当に思った。


「闘病」という言葉がある。
戦い、という、血なまぐさい響きとは違う、静かな闘いの中に、私たちはいるのだろう。
私たちは闘っています!などと、声高に言うつもりは毛頭ないが、
ちかちゃんや、ほかの頑張っている子どもたちのことを考えると、戦友、のイメージを持つ。
そして、特に主に看護をしているお母さんたちは、たたかう母、なのだ。


ちかちゃんの分まで、などとはおこがましくて言えないが、
力が頑張る限り、私たちも!