みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

夫、転勤になる。

昨日は通園日だった。
外遊びをすることになり、
隣接する保育園の園庭を借りて、
初の公園デビューだった。

ブランコにチャイルドシートのようなものをくくりつけ、
首や足などを固定してゆらゆら。

力はバスタオルハンモックとも違った感覚に、
不思議そうな顔で乗っていた。
嫌がらなかったので、気に入ったのだろう。

通園での活動では、
朝のお集まりの後、
紙芝居を読んでもらったり乾布摩擦などをして、
今日の戸外遊びのような自由遊び。
その後、食事になり、
一通り子どもが食べたら、
午後の活動又はリハビリの前までの30分ほどの時間、
子どもたちを保育師さんや看護師さんにお願いして、
大人は別室で食事をとれる。

先週は子どもの部屋で食事を取ったので、
今回初めて保護者控え室に行った。

先輩保護者の方々も何人か食事中。
この通園施設の親の会があるという。
また、
この控え室を使用するに当たって、
「お茶当番」があるという。

親の会は通園施設として存在は当然かと思ったが、
「お茶当番」には、
正直激しく衝撃を受けてしまった。

おおおおーこんなところにー、この存在がー!!

ある官公庁系の職場でバイト事務員として働いていた時以来、
「お茶当番」という言葉に、男尊女卑の匂いを感じて、異常に反応してしまう。
当時、女子職員のみのお茶くみコピー取りを廃絶しようと、
ちょっと頑張ってはみたが、
なかなか難しかった。
ここ最近は、「いかにも」女の仕事やろ、的な色はなくなってきているようだが。それでも。

脈々と受け継がれた、
「相互扶助?のしくみ」
は、
職場ではないこの場では、
機能的に働いているのだろうか?

自分にとってインパクトがあったため、
すっかり力の公園デビューの話が吹き飛んでしまった。


さて、
前々からの我が家での懸念事項、
夫の転勤が夕方に決まった。
東京だ。

夫の仕事上、異動は免れない。
でも、力の事があって、職場の理解でここまで延期してきた。
既に「たら、れば」の話をかなり突っ込んでやってきていたので、
いつくるかと待っている状態であった。

単身赴任してもらうことになっている。

二重生活になるし、私の収入は無いので、経済的な困難が一つ。
子どもたちにとって、ほとんど家にいないと言っても、
朝と休日にはお父さんと会えていたことがなくなることが一つ。
夜中の力のケアを、毎日私一人でやらねばならないことが一つ、
こんなデメリットをあげ、
夫は最後まで「一家一緒に転居」を譲らず。

私は、
おじいちゃんおばあちゃんの融通が利くフォローや、
やっと小学校に慣れてきた上のお姉ちゃん、
今年度で卒園する下のお姉ちゃんを、
年度中途で新しい環境に慣らすこと、
また、自分自身が新しい環境で、
周りの人々やいろんなこととの関係を構築することの大変さを考えると、
ここで「一家で異動」の選択肢は、ゼロに近い状況だった。
ひと悶着もふた悶着もあったが、
とりあえず、今年度は、この選択に落ち着いた。

きっと、今年度、私はまた、
いっぱいいっぱい状態で過ごさねばならないだろうが、
大変すぎて命をとられるということはないだろうから、
どうにか、ペースを保ちながら、頑張りたいと思う。
夫も、学生時代と違うので、
家計の意識を持って、少しは自炊して、
一人暮らしを満喫しながらも、
仕事の成果を挙げて欲しいと思う、

ということで、
また、今以上に、
周りの皆さん方にはたくさん「助けて!」と頼ることがあると思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします!!