みんなのチカラに~ぼくが力になれること

産まれてすぐに救急搬送されたチカラは、 5万人に1人とされるトリーチャーコリンズ症候群と診断された。 箇条書きでも1枚に収まらないほどの手術や入院を繰り返した2005年からの10年。 これからどんなことが待ち受けているのか。 もう、チカラも家族もどんとこいの力が備わりつつある。はず。

いじめ

もう、たいがいにしてほしい、と誰でも思っているニュースだろう。

最近、新聞で、
現役記者さんや、そのほかのコラムニスト?さんなどが、
自らの過去のいじめのカミングアウトをもとにした記事をいくつか目にした。

ある程度大人になった人の中で、
生まれてこのかたいじめを経験したことがない人はいるのだろうか?

最近のニュースの中心である、いわゆる小中高生の「いじめ」は、
私も過去、加・被、両者の立場に立っている。
というか、クラス全員がそうであったと記憶している。
「被」は分かりやすいが、
ほとんどの子があからさまな「加」ではない。
でも、見て見ぬ振りや、止めない事は、全員「加」ってこと。

今考えても恐ろしいことだが、順繰りに一人一人が標的になってた。
つまり、ゲーム感覚だ。

うまくかわせば、又は、運がよければ、2,3日の刑ですむ。
延々と何ヶ月もやられる子達もいる。

私は「被」としては、運がよかった。
友人もたくさんいてくれたことも幸いして。
酷い目にあった友人の事を考えると、
運がよかったなどと、軽々しく口にするのもはばかられるが。

最も激しく「加」の存在だった子は、
順番の一番最後に、最も酷い「被」になっていた。

生きるということは、なんてしんどいことだろう、と、中学生の身空で思った。

先日のテレビで、
学校でのいじめ対策、として、
ある学級の取組が取材されていた。

「いじめはどうすればなくなると思うか?」
という問いを、集会でみんなに考えさせるのだ。
そして、生徒達は、最後にこう答える。

「いじめられている子に、声をかけてやる。」
「いじめている子に、注意する。」

-んなこと、みんなができるんなら、始めっからいじめなんか存在するかい!

これらの回答を聞いて、
教師達は、うんうん、と深く頷くのである。
全然解決になってないって。

ものすごく、ずれている感じがする。
学校、教育委、文科省のいろんな取組。

実際、
教師や学校から、
「何か困ったこと、いじめられたりしてたら、学校に来なくていいぞ!」
と、言えないのが、つらいところであろう。
ヤンキー先生なら言うんかな?
もう、今の彼のあの立ち位置からは、おいそれと言えないだろうな。

いじめがなくならないのは、
子ども達を指導する大人の世界から、
いじめが絶対になくならないのが原因ってこと。

極論は、デスノートでもあれば、ってことになるんだろうか。
いややっぱり、制裁しても、一時的なもんやろね。

でも、
自分で死ぬのは絶対絶対いかん。
命の重さは誰しも、絶対に軽くない。